大人におすすめの児童文学。ミヒャエル・エンデ作『モモ』の感想。

斎藤幸平さんの📖ゼロからの『資本論』 の中で紹介されていたミヒャエル・エンデの『モモ』。

紹介されていたのは5行程度の内容だったのですが、それだけでもうおもしろさが伝わってきてすぐに読みました。

1973年に世に出た作品なので今年でちょうど50年が経ちます。半世紀が経って読んでもまったく古さを感じず、未来を予言したかのような内容に驚いてしまいました。

あまり内容を書くとネタバレになってしまうので、簡単に紹介します。

目次

ミヒャエル・エンデ『モモ』ってこんな話

モモという女の子が主人公です。モモは家も家族も何も持っていないけれど、人の話を聞くことだけは上手でモモの周りには自分の話を聞いてほしい人がたくさん訪れます。

モモや周りの人間は穏やかに暮らしていましたが、あるときから時間泥棒と呼ばれる灰色の男たちが人間から時間を奪っていきます。そして、モモは奪われた時間を取り戻すために灰色の男たちと戦います。

時間を有効に使うために便利になっていく社会、でもその社会を維持しようとして逆に時間が奪われて本当の意味での豊かさを失っていくというパラドックスをファンタジーに落とし込んで書かれています。

対象年齢は小学校高学年からです。この本を読んだときはもっと早くこの本を読んでいたら、人生の価値基準とか選択が変わっていたかもしれないと思いました。一方で年をとってそれなりの時間を重ねてきたからこそ、この本の内容から感銘を受けたのかもしれません。小学校高学年の頃の私が読んだとして、物語の上辺は理解しても、自分の人生観にまで落とし込めるほど当時の私は賢くなかったと思います・・・。

『モモ』の中で心に残った一文

物語全体、心に残っていますが、中でも心に残った一行を紹介したいと思います。

モモの親友の掃除夫ベッポが道路の掃除をしたときにひらめいた考えをモモに話します。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎの呼吸のことだけ、次のひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」ーP53『モモ』ミヒャエル・エンデ作(岩波少年文庫)

ベッポが言うように一歩一歩掃除を進めるととっても長い道路がいつの間にか終わっている、逆にあとどれくらいで終わるかと考えると途中で息が切れて動けなくなってしまう。

私も仕事をするときに終わりまでのことを考えて逆算して取り組もうとして工程が多くて気が重くなる、なんてことがよくあります。そして中々取り掛かれないんですよね。

でも、この話を読んで、先のことを考えて心がここにない状態になるのではなく、目の前のことに集中することも大事だなあと思いました。敢えて先のことを考えないようにすると一気に心が軽くなります。

もちろんビジネスにおいては逆算して物事を進めることは大事だし、新卒の頃からそうやってスケジュールを立てて取り組むことを叩き込まれてきたので、すべてに当てはめることは中々難しいのですが。。

仕事以外でも、例えば子育てで今を大事にすることができてないことってよくあります。

私の場合だと子ども達を9時に寝かせるために逆算して夕飯の時間を焦って楽しめてなかったりとか。つい「早く食べて」とか言っちゃいます。でも最近になって焦ったところで変わる時間って5分10分程度なんですよね。それなら、楽しくご飯食べたりお風呂入った方がいいなと思うようになりました。

ちなみにこの心配事や悩みを忘れて目の前の掃除に集中するという考えは禅の話※で出てきたので、ミヒャエル・エデンも影響を受けたのかもしれません。

ただ禅宗の教えとして読んだら小学生とかには到底理解できないと思うし、私もさらりと読み流してしまった内容ですが、『モモ』の物語の中で読むととても身近で自分のことに当てはめられます。これが『モモ』が児童文学でありながら広い世代から指示を受ける理由なのかもしれません。

※『片づけはほんのひと手間ー掃除の極意を禅に学ぶー』枡野敏明・沖幸子(祥伝社黄金文庫)の53ページで紹介されている唐代の香厳智閑禅師の「香厳撃竹」という逸話のエピソードで知りました。

小学生の子どもに『モモ』を読み聞かせした結果

大いに影響を受けたので、是非とも子どもにも読んでほしい!でもまだ一年生なので、とても読めそうになかったので読み聞かせをすることにしました。とはいえ、挿絵もほぼないので、中々読み進めるのが大変で、、下の子は飽きて鼻ほじる始末・・・。第一章を読んだ後、挫折しました。

いつか再開したい!頑張ります。