言葉の音の持つ意味について考える。『ことばのトリセツ』の感想。

『ことばのトリセツ』は、『妻のトリセツ』や『夫のトリセツ』に続くトリセツシリーズの1つです。

著者の黒川伊保子さんは1991年、原子力発電所で日本語でデータ検索ができる人口知能の開発をしていました。

人工知能は「三十五歳美人女性司書の会話」が発注しようだったそうで、肯定の頷きで「はい」を使う。

でも、あるときクレームがきます。「はい」が何度も続くと冷たいと。

黒川伊保子さんは「はい」「ええ」「そうです」をランダムに返答するプログラムにするのですが、今度は返答が状況と合っていないと言われてしまう。

そこから、黒川伊保子さんの言葉がもつ語感の研究がはじまります。

 

この本はそんな語感研究の成果がまとめられています。

語感という人が感じる部分の話なのに、漠然とした内容にならず、発音のときの息の出るスピードや口の形、音の持つイメージと言葉の持つ意味のシンクロについて根拠が述べられていて、さすが研究者と呼んでいて感心してしまいました。

 命名することの奥深さ

この本の前半に著者の「伊保子」という名前についてのお話が書かれています。

「伊保子」という名前は両親の出身地の地名に「伊」の文字があり、二人の間に保たれる子で「伊保子」となったそうです。

この名づけ方について、著者の伊保子さんはこう語っています。

 

今思えば、「どうあってくれ」と思わず、生まれてくる子どもをまるっと愛し、二人のモニュメント的な名を付してくれたことに胸が熱くなる。-p23『ことばのトリセツ』黒川伊保子

 

私も子どもに名前をつけたときに長女は複数の候補をフェイスブックにあげて、投票してもらい、次女は長女と同じ「菜」の文字がつく名前で夫がつぶやいたものから直感で選びました。

というわけで、漢字の意味とか子どもへの願いは皆無で、最近名前の由来を子どもに聞かれるようになり、ありのままを話していたのですが、これでいいのかと思うことがありました。

 

この本を読んで、娘の名前を考えていたときのことを改めて振り返りました。

私も夫も何度も声に出して名前を言ってしっくりくる音をさがしていました。

自分たちの子どもを名前で呼ぶとき、呼ばれるときのことをイメージして発音体感が良いものをさがしていたんだなあと思います。

名前をつけるときのなんとなくいいなと思える感覚というのが、語感であり、『ことばのトリセツ』を読んで私たちは発音体感で名前を決めたんだとしっくりきました。

発音語感が話している相手に与える印象というのはとても大きく、同じ内容を話しているのに冷たく感じる人、温かく感じる人がいるのは知らず知らずのうちに心地いい発音語感の言葉を使っているからなんですね。

これからは、人と話すときに相手の言葉のチョイスに敏感になってしまいそうです。

 

おまけ…Dの接続詞の話

P76の小見出しに『D音を多用すると、人生が止まる』とあります。

黒川伊保子さんは「でも」「だって」「どうせ」「だから」「たださあ」「で」という接続詞を使わないことを決心しているそう。

D音の接続詞は自分のみならず、周囲の人の意欲にもブレーキをかけるから。

今!まさに!!私の上司が「でも」「だから」を乱用する人で、私たち部下一同は疲労困憊しておりまして。

何かを話したときに「でも」と返されると“またかよ・・・”と心の中で呟いていましたが、話の内容云々、発音体感的にもアウトなんだなあと、わかりました。

どうにかしてこの本を読ませたいので、出社したら周囲に本の感想を話しまくろうと思いました。